アンビバレンツと ジレンマと
           〜お隣のお嬢さん篇


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そもそもの始まりは、発端としてはありふれた事案、
傷害がらみの窃盗事件だったそうで。
警察機関にしてみればありふれたそれでも、
被害に遭った市民に厭とっては許されざる事件には違いなく。
巧みに逃走した実行犯を追っていた所轄署は、だが
その被疑者が絞り込まれた時点で、
其奴を匿う組織が
別件でもさんざん手を焼かされてきた
とある中堅どころの反社会組織だと判明したがため、
俄然 意欲を増したそうで。
さして大きな所帯ではないが、
ありとあらゆるといって過言ではないほどの多種多様、
様々な角度で地域社会へ害毒を垂れ流す不穏な集団なだけに、
これは一気に叩いて塞ぎようのない穴を穿てば、
事務所を畳ませられるのではないかと色めき立った。
そこで署を挙げてという勢い、
そりゃあ根気よくも地道に周辺からの捜査を積み重ね、
対象案件へのかかわりの裏も取り、
そのついでに、其奴らが各界の大物らの手足となっているらしいやり取りも収拾。
実行犯にあたろう被疑者の出入りも確認し、
手配も手続きにも遺漏はなし、
十分に熟しきり、いよいよとの期を得てのこと。
目標であった某反社会組織の事務所へと、
カチコミ、もとえ摘発目的の家探し
家宅捜索にと課員総出で突入果たして。
匿われていた被疑者の身柄確保を為し、
防犯カメラへの動画を含め、様々な取引や約定に用いられた書面や契約書、
電子書簡などなどなど証拠物件を的確に接収していた某所轄。

  そこまでは まま良かったのだが。

何となれば庇ってもらう先として、
都合の悪いことを握り潰す手先として使われるという関係示す、
他の組織や、もしかして政治家じゃないかこれというよな存在とのつながり。
文書や書簡にすると証拠として残るから口約束としましょなんて、
密談の席にて相手を油断させたその陰で
その実 こっそり録音していたらしい約定の証拠音声などなどなど。
それを握っているぞよと突き付けりゃあ ぐうの音も出なかろう物件を、
大胆な潜入捜査にて しっかと確保していたにもかかわらず。

 突然のガサ入れに慌てた人々の中、
 忠心厚いメイドさんが
 たまたま滞在していた別な組織の令嬢の所持品と勘違いし、
 関わり合いを詮索されてはならぬとばかり、
 メモリー掴んで脱兎のごとく逃げ出してしまったとか…。

そんなこんなで、
結構頑張ったものの最後の詰めで下手を打ってしまった
市警だか県警だかの尻ぬぐい。
請け負うこととなってしまった、我らが武装探偵社のお歴々、
かっこ 社員のほとんどが男女反転している
お隣り時空の世界のお話、かっこ閉じる なのでありまして。






あちこちが擦り減って 微妙に老舗っぽい感もなくはないものの、
それでも しっかと清潔で割と明るい店内には、
カチャカチャと食器やカトラリーが触れ合う音と一緒に
さほど耳障りではないレベルの雑談や談笑の響きがさわさわと満ちており。
時折ころろんとカウベルの音がしては、
いらっしゃいませという良く通るウェイトレスの声が聞こえる。
結構はやっておいでの大通り沿いの喫茶店は
モーニングというよりランチの時間帯で、
ビジネス街のギリギリ端っこっぽい場所柄だろうか、
そろそろ客足のほうも勤め人らから主婦層や学生らへと
少しずつ入れ替わりつつある昼下がり。
その人物もスーツ姿で、縦に折った新聞を片手に
何処か機械的な所作でピラフを口へと運んでおいでで。
ピシっとアイロンのかかったYシャツに
ストライプのネクタイをきっちりと締め。
時間を無駄には致しません、
仕事の上での情報を拾いつつのランチ中なビジネスマンという体にも見えたれど。
あからさまにスポーツ紙ではないながら、
一心に眺めておいでなのは
近々催される競馬の重賞レースの前予想ページと来て。
視線が全くぶれない辺り、お馬のレースが余程にお好きとお見受けされる。
そんな男性がついてたテーブルへ、
今さっき入って来たばかりな人影が、
コツコツというヒールの音も軽快に通路を進んで来たそのまま、

 「あら。」

不躾にも覗き込まれたわけじゃあないが、それでも良く通る声であったため、
自分へと降って来た声だと察知でき、何だ?と目線を上げた男性、
顔を上げたそのまま、不覚にも総身が固まってしまったと、のちにその邂逅を振り返る。
ふらりと訪れた喫茶店で知ってるお人に出会ってしまった
まあまあどうしましょうという、人懐っこいお顔でこちらを見やっていた女性が立っており。
これが何お覚えもない相手であれば、さして凄味はしないながら、
何だ失敬なと眉をしかめて視線を戻し、そのまま無視するという流れへ至ったのだろうが、

 “あ…。”

何しろその女性、それはそれは印象的な美人だったので、
目と目が合ったそのまんま、
何かしら“まじない”でも掛けられたかのように総身が固まってしまった男性で。
そんな彼の心境になぞ気づきもしないか、
そちらもそちらで何にか舞い上がりかかっているかのように、
口許へ両手の指先を添え、あらあらどうしましょうという素振りを見せたまま、

 「あ…すみません。何だか嬉しい人にお会いしたものだから。」

しかも、そんな意味深な言いようを、甘いアルトに染ませて降らせてくる。
何にかワクワクと輝く双眸をちらりと周囲へ巡らせると、

 「此処、よろしいかしら。」

他にも空席はありそうなのに、
相席をとねだるよに細められた目許がまた嫋やかで。
戸惑いは隠しきれぬまま、それでも…特に断る理由もないかなと、
どうぞと手振りで向かい側の席を示せば、
ありがとうございますという会釈をしつつ、
そのまま あっと何にか気づいて男性の肩口へ手を触れて。

 「枯葉ですわ。何処かで降って来たのでしょうね。」

小さな糸くずか小骨のような枯草を
手入れの行き届いたつややかな爪の先に摘まみ上げてから、
使われぬままの灰皿へ落とすと
ふふーと機嫌はよさげなまま、彼と向かい合うよに腰かける。
オーダーを取りに来たウェイトレスへ、アイスティーをレモンでと告げ、
改めて男性の方を向いての、さて。

 「覚えてはいらっしゃらないでしょうね。
  だってお声掛けまではしなかったんですもの。
  でもでもわたくし、貴方にはそれは助けていただいたものですから。」

含羞の甘い笑みを頬張った白い頬も品のある、
そりゃあ育ちの良さげなお嬢さんだというに。
見ず知らずの、それもどこか荒んだ胡散臭い気配が自然と滲んでもいよう
うだつの上がらぬ中年男へ、
ニコニコと頬笑みかけている図は何とも奇天烈だったれど。
そんな不自然さえ塗りつぶすよな、天使の笑みなら

 “日頃から敦くんの笑顔を堪能したおしているのだものvv”

お手の物ってものだわよと、
そのふくよかな胸の内にては
いかにもなポージング、斜めに添えた手の陰で
魔性の哄笑を高らかに放ってそうな太宰嬢だったりし。

 『ああ、こいつなら知ってるよ。ほにゃらら会の組長のカバン持ちだろ?』
 『カバン持ちとはまた、古い言いようをするねぇ。』

見覚えがあるなぁと記憶の底で引っ掛かってた男性についてを、
確認をとらんと元相棒の中也に尋ねた太宰だったのであり。

  取っ捕まえたいのか?
  いやいや、ちょっとほしいものがあって接触したいだけ、と。

何とも曖昧な言いようをする太宰だったのへ、

 『…ああ、そっか。』

そうか警察からの依頼案件だなと察したのだろ、
目許を細めての訳知り顔となり、にんまり笑った中也嬢。

 『ほにゃらら会自体を騒がしたくはねぇんだな。』
 『まぁね。』

流石はマフィアで、そんな相手の察しの良さも織り込み済みではあったれど。
判っちゃいたが いい気はしないか、誤魔化すように視線を揺らした探偵女史としては、

 『あんたんとこへも伝手があるほどの組だし、
  今のところはね、泳がせといたほうが無難な組織じゃない。』

娘さんへお怒りな事情が外部へ筒抜けになっちゃうほどアットホームな、
ご当地の顔的由来もつ、所謂 任侠組織というやつで。
とはいえ、顔は広いし組長の発言力もあるらしく、
そんな人物から余計な発信をされ、警戒の輪を広められては困るという順番なので。
思い当たりへの裏書というか、もちょっと詳細な情報が欲しくて、
元相棒へとつなぎをつけた太宰嬢だったのであり。

 『…確かこいつはさほど恐持てな男じゃあないぞ。
  ただ、仕事はきっちりしているし、
  酒や女に溺れもしねぇから、そっから足が付くよな傷はねぇ。
  事務方の番頭は別にいるし、そいつの方がよほど押し出しもいいが、
  妙に律儀なところが組長に気に入られてて、秘書役ってことで重宝がられてるみてぇでな。』

付け込むとしたら…と、しばし宙へ視線を投げた中也が、
長い睫毛をパチパチと瞬かせてからふと思い出したのが、

 『そうそうギャンブルが好きだった。
  ウチの息のかかったカジノにも頻繁に出入りしててよ。』

ブラックジャックやバカラと、ルーレットも得手らしくてな。
スロットやダイス系は見向きもしねぇ。

 『頭を使うものが得手らしく、ルーレットは運試しってとこかな。
  けど結構…ちょっと待てよ。』

わざわざスマホを操作してどこぞかへ連絡を取り、
送られてきた画像にうんと頷いて、

 『そうだった。つい先日、ルーレットで立て続けに大きいの当てやがって、
  ツイてる奴もいるもんだってのが話題になってよ。
  それがどうやらそいつらしい。』

ルーレットってのはオープンなゲームで、
ツイてる客には他の客も乗っかることが多いんで。
その晩はさんざんにやられたってオーナーがぼやいてたと、
酒の席だかで話題になってたらしいのを思い出してくれて。
案外と友達甲斐のあるところ、裏切り者枠の自分へまで広げてくれたのかと思いきや、

『敦に危険なこととかさせんなよ?』
『判ってるって。』

アハハ、やっぱそうかと得心が行く。
頼もしい辣腕の駒が揃ってはいるけれど、
頭数が圧倒的に足りないのが武装探偵社の唯一のネックであり。
胡散臭い男へ接触したいという企みを聞いて、
ふとそっちを危ぶんだ中也だったらしく。

『少なくともウチは情報取るのに色の仕事はさせないから安心してて。』

それだと公判に持ってく傍証にするのは微妙なので、というのが建前であり。
いやいや、証言としてというより糸口を拾いたくてという場合ならならで、

 『腕のいいプロの色事師のお姉さんがたを各タイプ知ってるし♪』
 『…そうだったよな。』

そんなこんなで情報を得た標的さんへ、
大胆不敵にも大して武装もないままするりと近づいた太宰嬢。
武器ならあるわよ、この美貌…ということか、
あっさりと接近に成功し、、

 「ほら、先日 新町のカジノで。」

こそりとつややかな声を甘く低めて囁けば、
あああれかと男の側でも心当たりはあったようで。
ルーレットで連続大当たりを当てた自分の掛け枠へ、
この女性も乗っかって図らずも儲けたということなのだろうと
やっと納得がいったらしい。

 「ああでも、こんなお話、明るい処で持ち出されてもご迷惑ですわよね。」

もしも機会があったなら、今度はお店でお声かけるかも知れませんわなんて、
巧妙に話を引き延ばし、会話をつないでいるその傍らから、
ウェイトレスに扮した敦嬢が
あわわと弾け掛かる内心ごと懐をぎゅうと押さえつけ、
店の外へと飛んで出てゆき、

「敦、こっち。」

鏡花くんが手招きするほう、
裏にとめてあったボックスカーへ飛び込んだ。
そこには電算機や電網慧海がらみの案件はお任せ、田山花袋が待ち受けており。

 「こ、これ、キーですっ。」
 「おうよ。」

鍵と言っても見た目はシンプルなフラッシュメモリ。
それを手渡された、頼もしきサイバー分野担当の花袋さん、
何やら用意されスタンバイ状態だったPCのポートの1つへそれを挿入すると、
ギュイーンと稼働を始めた電算機の液晶を食い入るように見つめ、

 「…よし。これで合鍵完成。」

手慣れた様子で預かったメモリを返すまで、1分かかってない速さ。
何とも落ち着いた様子のお姉さまとは真逆の焦りようで、

 「返して来ますねっ。」

炙られた足元から逃げ出すような勢いで、
その身を反転させた愛らしいウェイトレス姿の敦ちゃん。
掏り取られたことに気づかぬよう、
太宰が気を引くような話を振って煙に巻いてる店へと駆けこむ。
不審な慌てように映らぬよう、谷崎さんが“細雪”でカバーしてくれており。
それでも、なかなか不慣れな役割だったものか、

 「…あ、長々引き留めてしまいましたね、ごめんなさい。」

レモンティーのグラスをストローで掻き回す所作の中、
華奢な腕へ巻かれた金細工かと見えるよな細い作りの時計に目がいって、
あらまあと恐縮する様子も自然なそれだった太宰とは裏腹、
駆け寄ったそのまま渡すはずが、
手許からうっかりと、問題のブツを落としてしまった虎の子ちゃんだったが、

 「…あら。これって貴方のですか?」

足元に落ちてたものに、今の今 気が付いて拾い上げるよな、
それもまた至って自然な所作にて身を折って見せたお嬢さん。

  肩を覆って背中まで
  ふわりとかかってた柔らかな髪がさらさらさらと

スクエアカットになっていたワンピースのやや深めの襟ぐり、
色白な肌も艶やかに、鎖骨ごと露わになってたデコルテを
くすぐるようにすべり落ち。
下を向いた頬を隠したその代わり、
うなじをあらわにしてゆく様子が何とも艶っぽくて。

 「……。」

さほど女にだらしなくはないお人でも、
やややと視線を奪われただろう、
さりげない中に仄かな色香を滲ませたそんな様子から
覚束ない振りでよいしょと身を起こしたお嬢さん。

「これ、貴方のでは?」
「あ、はい。そうみたいだ。」

彼からすれば、まだまだ小娘の首条やら胸元の取っ掛かりやら。
そんなものへと見惚れたことがみっともない事実なように思えでもしたものか、
我に返るといやにあたふた立ち上がり、差し出されたメモリを受け取ると、
荷物を手荒につかみ上げ、そのまま出口へ去ってゆく。

「あ、お客様、お勘定を。」

実はすぐ傍に居たが目には映ってないよう細雪のスクリーンの中へ隠れてた敦嬢が、
席へは戻りづらかろと、レシート挟んだプレートを掴み、ぱたたと後を追っ掛けてくのを見送って。

 “まま、今宵は宴席もあるし
  そうそう金庫を開けるってことはないでしょうね。”

鍵が3つになった矛盾から、
何かしら不具合が生じて通知が来るとかどうとかいう混乱は
まま今宵は起きなかろう。
何かしら思わぬアクシデントで開けねばならなくなったらなったで、
それこそその場へ谷崎くんを送り込み、扉を開けたまま“閉じた”と錯覚させればいい。
此処の舞台を繕った彼女、このまま屋敷へ潜入する手はずになっているのを視野の端っこで見送って。
やれやれ これで首尾は上々と、
グラスをストローで掻き回し、
手遊び半分、氷をからからと鳴らした天才女優様だったが。

 「……。」

ややおどおどとしつつ応対する、
白銀の髪をフリル付きのヘッドドレスで覆った敦ちゃんの、
愛らしいウェイトレスぶりにふと目が行って。

 「…私へは物怖じしなくなったのよねぇ、敦くん。」

それは愛らしく懐いてくれてる愛しい子。

 凄いですね、太宰さんvv
 大人っぽいけど可愛くもある令嬢なんて、
 演じるの難しそうなのに。

そっかなぁ、普段の此奴の方がよほどのこと判じ物みたいでややこしいぞと、
すんなり女性らしく装うでなし、凛としたスーツで決めるでなしの同僚に向かって
胡散臭そうな顔になった国木田くんの言はともかくとして。

 「だっていうのに、なんであの子は…。」

怖いもの無しな女傑にも、
何とはなく不得手なジャンルはあるようで。
珍しい煩悶気味の吐息をつくと、頬杖ついてしまったのでございます。





to be continued.(18.08.20.〜)




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 *お務めの話はこれでお終い。
  此処からが本題というから相変わらず冗長なおばさんです、すいません。